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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)75号 判決 1998年5月20日

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

八巻惺

大仲雅人

井上雅夫

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第8728号事件について、平成9年2月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年12月2日、名称を「サイリスタ遮断器」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(実願昭63-157916号)が、平成7年2月16日に拒絶査定を受けたので、同年4月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第8728号事件として審理したうえ、平成9年2月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月19日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

サイリスタ素子の2個互いに逆並列接続した逆並列サイリスタスイッチと、この逆並列サイリスタスイッチに直列に接続された第1の機械的遮断器と、上記逆並列サイリスタスイッチに並列に接続された第2の機械的遮断器とを1組として1相用の遮断器とし、この遮断器を6KV以上の交流電力系統の各相に備え、通電時は上記第1の機械的遮断器を投入後上記逆並列サイリスタスイッチを導通し、続いて上記第2の機械的遮断器を投入して上記逆並列サイリスタスイッチを非導通とし、遮断時は上記第2の機械的遮断器を遮断すると共に、上記逆並列サイリスタスイッチを導通して上記第2の機械的遮断器に流れていた電流を上記逆並列サイリスタスイッチに転流させた後に、この逆並列サイリスタスイッチを非導通とすることで電流を遮断するようにしたサイリスタ遮断器。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案が、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭63-918号公報(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)から当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本願考案の要旨、引用例記載事項、本願考案と引用例発明との一致点及び相違点1~3の各認定並びに相違点1、3についての判断は認め、相違点2についての判断は争う。

審決は、本願考案の顕著な作用効果を看過して相違点2についての判断を誤った結果、本願考案が引用例発明から極めて容易に考案をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  相違点2についての判断の誤り

審決は、本願考案と引用例発明との相違点2、すなわち「通電時は、本願考案が、第2の機械的遮断器を投入して 逆並列サイリスタスイッチを非導通としたのに対して、引用例のもの(注、引用例発明)は、有接点スイッチ8(本願考案では、第2の機械的遮断器)を投入した後も逆並列サイリスタスイッチは導通している点」(審決書6頁18行~7頁3行)につき、「通電時において、引用例では、大部分の電流は有接点スイッチ8を通って流れており、逆並列サイリスタスイッチを流れる電流はごく少量である。そして、本願考案のように、逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、あるいは、引用例のように、ごく少量の導通とするかによっても、入、出力端子間の通電に格別差異はなく、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、否かは、当業者が適宜考える設計の問題である。」(同8頁5~13行)と判断したが、誤りである。

(1)  本願考案は、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とすることにより、次のような顕著な作用効果を奏するものである。

<1> 点弧回路の電力を零にすることができる。

通電時にも逆並列サイリスタスイッチを導通するには、点弧パルスを供給し続けるために、点弧回路において点弧用電力を要する。点弧用電力は、例えば1サイリスタ素子当たり20Wを要するとすれば、1相(2素子)では40W、3相で120Wを要することになるが、本願考案ではこれを零とすることができる。

<2> 装置の小型化及び価格低減が可能となる。

点弧回路部は、しばしば主回路部である逆並列サイリスタスイッチ及び第1、第2の機械的遮断器とは別の箱に収容される。この場合、点弧回路において点弧用電力を要するとすれば、点弧回路部を収容する箱(制御箱)には発生電力(電力損失)を放熱するために、放熱フィンを設けなければならず、箱の大型化および価格上昇を招くことになるが、本願考案では、これを避けることができる。

<3> サイリスタ遮断器の長寿命化を図ることができる。

通電時に点弧パルスを供給し続けるとすれば、半導体素子といえども、点弧に伴う電気的あるいは熱的なストレスにより寿命の低下を来すから、サイリスタ素子や点弧回路の寿命は15年程度となるが、この期間は、主として電力用に用いられるこの種遮断器の寿命として十分とはいえない。これに対し、本願考案においては、投入時および遮断時に短時間だけ逆並列サイリスタスイッチを導通させるだけであるので、寿命は半永久的であり、電力用などの長寿命化の要請に十分応えることができる。これを別の観点から見れば、本願考案は、安価な民生用の電子部品を点弧回路に用いても、引用例発明と同じ程度の寿命を確保することができ、価格の低減を図ることができるものである。

これに対し、引用例には、投入時及び遮断時に短時間だけ逆並列サイリスタスイッチを導通させ、通電時には非導通とする技術的思想は全く記載されておらず、それを示唆する記載もない。そして、本願考案は、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とする構成を採用することによって、上記のとおり顕著な作用効果を奏するものであるから、この点を単なる設計の問題とした審決の判断が誤りであることは明らかである。

(2)  被告は、上記<1>~<3>の作用効果が本願明細書に記載されていないと主張するが、上記作用効果は、本願考案の構成要件から的確に導き出されるものであって、本願考案に潜在的に含まれていたものというべく、本願明細書にこれが明示されていないことをもって否定されるべきものではない。

また、被告は、引用例に、引用例発明においてもサイリスタスイッチの閉路時の電力損失を防止することが記載されている旨主張するが、引用例の被告の引用箇所には、サイリスタスタックにおける電力損失の減少が記載されているのであり、それは、点弧回路における電力損失を零とすることができる等の、原告が主張する本願考案の作用効果とは別の現象である。

さらに、被告は、無接点スイッチと有接点スイッチとを並列に接続した遮断器において、投入の際に、無接点素子を導通し、次いで有接点スイッチを投入して無接点素子を非導通とすることは、従来周知の技術であると主張するが、仮に、それが周知技術であったとしても、本願考案は、その特有の構成要件により、点弧回路の電力損失を零とすることができる等の顕著な作用効果を奏するものであって、上記の一般的な周知技術とは技術内容を異にするものである。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  相違点2についての判断が誤りであるとの主張について

本願考案が通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とする構成を採用することにより奏するものと原告が主張するところの、<1>点弧回路の電力を零にすること、<2>装置の小型化及び価格低減が可能となること、<3>サイリスタ遮断器の長寿命化を図ることができることについては、本願明細書に記載がなく、また、通電時には、第2の機械的遮断器を投入して逆並列サイリスタスイッチを非導通とするという本願考案の構成から自明の作用効果であるということもできない。したがって、原告の上記主張は明細書の記載に基づく主張でないから、失当である。

また、引用例に「閉路時の電力損失を確実に防止することができ」(甲第2号証1頁右下欄19~20行)、「有接点スイッチ(4)が閉じると大部分の電流は内部抵抗がより小さい有接点スイッチ(4)を通って流れるので、サイリスタスタック(1)、(1)に電力損失が生ずることが防止される。」(同号証2頁左下欄14~17行、但し、「有接点スイッチ(4)」は「有接点スイッチ(8)」の誤記である。)と記載されているように、引用例発明においてもサイリスタスイッチの閉路時の電力損失を防止することができるとされているものである。

そうすると、通電時に、本願考案のように逆並列サイリスタスイッチを非導通としようと、引用例発明のように逆並列サイリスタスイッチにごく少量の電流が流れるようにしようと、電力損失をほとんど零とすることができるという点で、両者の間に格別の差異はなく、いずれとするかは設計の問題である。

そして、設計の問題として、一般に電気機器において電力の空費を防止するために通電期間を制御して必要な期間だけ電力を供給しようとすることはよく知られたことであり、無接点素子と有接点スイッチとを並列に接続した遮断器においても、投入の際に、無接点素子を導通し、次いで有接点スイッチを投入して無接点素子を非導通とすることは、従来周知の技術である(乙第1、第2号証)。

したがって、相違点2につき、「本願考案のように、逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、あるいは、引用例のように、ごく少量の導通とするかによっても、入、出力端子間の通電に格別差異はなく、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、否かは、当業者が適宜考える設計の問題である」とした審決の判断に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  平成6年6月16日付手続補正書(甲第5号証)による補正後の本願明細書(甲第3号証)には、「従来の高電圧サイリスタ遮断器は・・・例えば・・・サイリスタ素子を3個直列接続したものを1アームとしこれを2アーム毎逆方向に並列接続し1相分のスイッチを構成し合計6アームにて高電圧サイリスタスイッチを構成していた。」(甲第3号証2頁12~18行)、「従来の高電圧サイリスタ遮断器は・・・サイリスタ素子の使用数に対応した数量のスナバユニツトおよび点弧パルス形成回路を必要とし装置が大形化するばかりでなく信頼性も低下する等の問題点およびサイリスタ素子1個当りの通電損失が例えば300Wとすると全体では5400Wの発生損失となり、この損失により発生する熱処理に大規模な冷却装置を必要とする等の課題があった。」(同号証3頁5~13行)、「この考案(注、本願考案)に係るサイリスタ遮断器は例えば・・・複数個直列しないで1直列のみで使用可能な・・・高耐圧サイリスタ素子1個を用いて1アームを構成すると共に通電損失を抑制するためにサイリスタと並列に真空電磁接触器等のスイツチを並列接続したものである。」(同3頁19行~4頁4行)、「この考案におけるサイリスタ遮断器は従来のサイリスタスイツチに比較し、その素子使用数を1/3~1/4とすることによつて装置の小形化および高信頼度等が実現できると共にサイリスタと並列に設けられた真空電磁接触器等のスイツチをサイリスタ通電後、数サイクルにてONすることにより発生損失が抑制され、冷却装置が不要となることからより小形化が実現可能である。」(同4頁6~13行、甲第5号証補正の内容(2))、「高耐圧化されたサイリスタ素子1直列で1アームを構成することにより例えば素子1個当たりの通電損失が300Wとすると全体では1800Wの発生損失となり大幅に低減されるだけでなく、並列となった真空電磁接触器をサイリスタ通電後、数サイクルの遅れ時間経過後ONすることにより、1800Wの発生損失は数サイクルという短時間に限定されるので冷却装置が不要になる。」(甲第3号証5頁4~11行)、「小形化については部品数の減少、スナバユニツト自体の縮少化および冷却装置の不要等が計られる為、真空電磁接触器を追加しても尚、寸法的には1/2~1/3の小形化が可能である。高信頼度化については使用部品数の縮減および素子の通電時間の大幅短縮によってより以上の高信頼度化が可能である。」(同号証5頁18行~6頁4行)、「この考案によればサイリスタ遮断器を・・・通電時は上記第1の機械的遮断器を投入後上記逆並列サイリスタスイッチを導通し、続いて上記第2の機械的遮断器を投入して上記逆並列サイリスタスイッチを非導通と・・・するように構成したので装置の小形化、高信頼度化が可能となり、また、経済性にも優れたものが得られる効果がある」(同6頁11~16行、甲第5号証補正の内容(3))との各記載がある。

この各記載並びに本願考案の実施例を示す回路図である本願明細書添付図面第1図及び従来例を示す回路図である同第2図(いずれも甲第4号証により補正)と、前示本願考案の要旨とを併せ考えれば、本願明細書には、本願考案につき、遮断器の投入通電時に関しては、従来例と比較して、1相分のサイリスタ素子を互いに逆並列接続した2個として素子使用数を減少させることにより、サイリスタ素子使用数に応じた数量を必要とするスナバユニット及び点弧回路(ゲート電流発生回路)の数量を減少させるとともに、サイリスタ素子通電損失を抑制し、さらに、サイリスタと並列に真空電磁接触器等のスイッチ(第2の機械的遮断器)を設け、通電時に、逆並列サイリスタスイッチを導通し、次いでサイリスタと並列の第2の機械的遮断器を投入する構成を採用することにより、素子使用数の減少により抑制された通電損失さえも短時間のものとし、その結果として、上記通電損失の低減のほか、装置の小型化、冷却装置の不要化、高信頼度化等の作用効果を奏することが記載されているものと認められる。

そして、その反面、「第2の機械的遮断器を投入して逆並列サイリスタスイッチを非導通とする」構成により、点弧回路において点弧パルス(ゲート電流)を供給し続けるための点弧用電力を必要としなくなったことに伴う原告主張の各作用効果(第3の2の(1)の<1>~<3>)については、前示の「高信頼度化については・・・素子の通電時間の大幅短縮によってより以上の高信頼度化が可能である」との記載に僅かに示唆されているほかは、本願明細書に全く記載されていない。

(2)  ところで、実願昭56-127532号(実開昭58-34239号公報)のマイクロフィルム(乙第1号証)に、「開閉器の開閉指令に応じて開閉操作されるスイツチによつてその励磁が開閉される補助継電器と、この補助継電器の接点の開閉によつてその励磁が開閉される有接点素子と、前記補助継電器の他の接点により投入操作され前記有接点素子の接点によつて開閉操作される無接点素子の電子制御回路とを備え、前記電子制御回路により制御される無接点素子と前記有接点素子の主回路接点とが並列接続されてなることを特徴とする開閉器。」(同号証実用新案登録請求の範囲)が記載され、その「考案の詳細な説明」に、実施例の説明として、「たとえばトライアツクのごとき無接点素子3と、たとえば電磁接触器のごとき有接点素子4とを並列に接続している。3aはトライアツクを制御する点弧回路、4aは電磁接触器において有接点素子を操作する電磁コイルである。・・・始動に際しては、・・・有接点素子4の電磁コイル4aが動作し、・・・点弧回路3aが動作させられる。有接点素子4の動作には数msecの遅れがあるのでトライアツク3の動作後に閉路する。」(同号証3頁16行~5頁2行)との記載があるほか、付加的・任意的な技術手段として「有接点素子4が閉路した後においては無接点素子3の点弧を絶つてオフ状態にしておくことが省電力の点で有効である」(同8頁2~4行)ことが記載されていること、また、実願昭49-81221号(実開昭51-10542号公報)のマイクロフィルム(乙第2号証)には、「電磁式交流リレーの接点(1)とコイル(2)、接点(1)に並列接続されるトライアツク等の半導体素子(3)を備え、リレー投入時には、電源電圧位相を検知し該位相が零となるとき半導体素子(3)のゲート入力を与え半導体素子(3)をONすると共にコイル(2)を励磁し若干の投入時間の後、接点(1)を投入し、同時に半導体素子(3)を自動的にOFFとさせ・・・るようにしたことを特徴とする零電圧閉路、零電流開路の交流リレー。」(同号証実用新案登録請求の範囲)が記載され、その「考案の詳細な説明」には、実施例の説明として、「時点t1において励磁入力(a)がシーケンス制御回路(5)に加えられると、・・・電源位相が零となる時点t2で次のトライアツク駆動回路(8)が駆動される(d)。その結果トライアツク(3)がONとなり、・・・若干の接点投入時間(γ)の後、時点t3において、接点(1)が投入されると共に、トライアツク(3)に流れていた電流は上記接点(1)に移り、トライアツク(3)はターンオフする。」(同号証4頁13行~5頁5行)との記載があることに照らせば、無接点素子と有接点スイッチとを並列に接続してなる遮断器において、通電時(遮断器を投入する際)に、無接点素子を導通し、続いて有接点スイッチを投入して無接点素子を非導通とすることは、本願出願時において、周知・慣用手段であったものと認められる。

そして、引用例に「回路を閉じる際には共通の制御器7が先ず有接点スイッチ4に信号を送ってこれを閉じる。・・・次に制御器7はわずかの時間差を持たせてサイリスタスタック1、1にトリガ信号を送りこれを閉じる。・・・そこで制御器7はわずかの時間差を持たせて有接点スイッチ8に信号を送りこれを閉じる。・・・このようにして有接点スイッチ8(引用例に「有接点スイッチ4」とあるのは、誤記と認められる。)が閉じると大部分の電流は内部抵抗がより小さい有接点スイッチ8(前同)を通って流れるので、サイリスタスタック1、1に電力損失が生ずることが防止される。」(審決書3頁11行~12頁2行)との記載があること、引用例の「有接点スイッチ8」は本願考案の「第2の機械的遮断器」に相当することは、いずれも当事者間に争いがなく、引用例のこの記載のとおり、引用例発明においても、通電時、逆並列サイリスタスイッチの導通に次いで、第2の機械的遮断器を投入した後は、大部分の電流は内部抵抗がより小さい有接点スイッチ8を通って流れ、逆並列サイリスタスイッチにはごく少量の電流しか流れないものと認められるから、通電時、第2の機械的遮断器を投入した後に逆並列サイリスタスイッチの導通を続けることに、格別の技術的意義は存在しないものと認められる。

そうであれば、相違点2に関し、通電時(遮断器を投入する際)に、逆並列サイリスタスイッチを導通し、次いでサイリスタと並列に設けた第2の機械的遮断器を投入して逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、第2の機械的遮断器投入後も逆並列サイリスタスイッチを導通のままとするかは、当業者において適宜選択し得る程度の設計事項にすぎないというべきである。

原告は、本願考案が、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とする構成を採用することによって顕著な作用効果(第3の2の(1)の<1>~<3>)を奏すると主張するが、前示のとおり、主張の各作用効果については本願明細書に記載がないのみならず、そのような作用効果を奏するとしても、格別顕著なものということはできない。

すなわち、単なる例示にすぎないとはいえ、前示のとおり、本願明細書には、本願考案が通電時に逆並列サイリスタスイッチを導通し、次いでサイリスタと並列の第2の機械的遮断器を投入する構成を採用することにより、サイリスタ遮断機全体で発生する1800Wの通電損失が数サイクルという短時間に限定されることが記載されており、この効果は、同様の構成を採用する引用例発明においても奏するものであるのに対し、通電時にも逆並列サイリスタスイッチを導通するに必要な点弧用電力は、原告主張によっても、3相で(すなわち、サイリスタ遮断器全体で)120Wにしかすぎない。そうすると、本願考案が、前示構成に加えて、さらに通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とする構成を採用することにより奏する電力損失解消の効果(1920W→0W)を引用例発明におけるそれ(1920W→120W)と比較しても、その差は僅かであり、その程度のものであれば、当業者が設計事項として第2の機械的遮断器投入後も逆並列サイリスタスイッチを導通のままとするかどうかを選択する際に予測し得る範囲を超えるものではなく、顕著な効果ということができない。

(3)  したがって、原告の主張を採用することはできず、相違点2について、「当業者が適宜考える設計の問題である。」とした審決の判断に誤りはない。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第8728号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

請求人 三菱電機株式会社

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 曾我道照

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 小林慶男

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 池谷豊

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 古川秀利

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 鈴木憲七

東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビル8階 曽我特許事務所

代理人弁理士 長谷正久

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号 国際ビルディング8階 曾我特許事務所

代理人弁理士 黒岩徹夫

昭和63年実用新案登録願第157916号「サイリスタ遮断器」拒絶査定に対する審判事件(平成2年6月14日出願公開、実開平2-77818)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.手続きの経緯、本願考案

本願は、昭和63年12月2日の出願であつて、その実用新案登録を受けようとする考案(以下、本願考案という)は、平成7年5月29日付けの手続補正が、当審において平成8年5月1日付けで補正の却下の決定がなされ確定したから、平成1年11月28日付け、および平成6年6月16日付け手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「サイリスタ素子の2個互いに逆並列接続した逆並列サイリスタスイッチと、この逆並列サイリスタスイッチに直列に接続された第1の機械的遮断器と、上記逆並列サイリスタスイッチに並列に接続された第2の機械的遮断器とを1組として1相用の遮断器とし、この遮断器を6KV以上の交流電力系統の各相に備え、通電時は上記第1の機械的遮断器を投入後上記逆並列サイリスタスイッチを導通し、続いて上記第2の機械的遮断器を投入して上記逆並列サイリスタスイッチを非導通とし、遮断時は上記第2の機械的遮断器を遮断すると共に、上記逆並列サイリスタスイッチを導通して上記第2の機械的遮断器に流れていた電流を上記逆並列サイリスタスイッチに転流させた後に、この逆並列サイリスタスイッチを非導通とすることで電流を遮断するようにしたサイリスタ遮断器。」

Ⅱ.引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由において引用された特開昭63-918号公報(公開、昭和63年1月5日.以下、引用例という)には、

無接点開閉器について、

「第1図において1、1は端子2、3間に供給される交流電流を無接点で開閉するサイリスタスタック、4はこれらのサイリスタスタック1、1と直列に接続された電磁式の有接点スイッチであり、8はサイリスタスタック1、1と並列に接続された電磁式の有接点スイッチである。……(中略)……7はこれらのサイリスタスタック1、1と有接点スイッチ4、8との作動を制御する共通の制御器であり、……(中略)……制御器7は回路を閉じる際には有接点スイッチ4を閉じた後にサイリスタスタック1にトリガ信号を送ってサイリスタスタック1を閉じ、わずかな時間差を設け有接点スイッチ8を閉じる。逆に回路を開くときには有接点スイッチ8を開いた後、サイリスタスタック1を開き、わずかな時間差を設けて有接点スイッチ4を開くようにしたものである。」(公報第2頁左上欄11行~右上欄14行)

と記載され、

「回路を閉じる際には共通の制御器7が先ず有接点スイッチ4に信号を送ってこれを閉じる。……(中略)……次に制御器7はわずかの時間差を持たせてサイリスタスタック1、1にトリガ信号を送りこれを閉じる。……(中略)……そこで制御器7はわずかの時間差を持たせて有接点スイッチ8に信号を送りこれを閉じる。……(中略)……このようにして有接点スイッチ8(4は誤記)が閉じると大部分の電流は内部抵抗がより小さい有接点スイッチ8(4は誤記)を通って流れるので、サイリスタスタック1、1に電力損失が生ずることが防止される。また回路を閉から開の状態とする場合には、上記とは逆に先ず有接点スイッチ8を開いたうえでサイリスタスタック1、1を開き、さらに有接点スイッチ4を開けば、やはりアーク等によるトラブルを生ずることもなく回路は開かれるが、サイリスタスタック1、1と直列に接続された有接点スイッチ4が開いているので……」(公報第2頁右上欄16行~右下欄6行)

と記載されている。

また、従来技術として、「サイリスタを用いた無接点開閉器は素子の内部抵抗をゼロとすることが不可能であるため、例えば定格電圧6.6KV、定格電流300Aの配電線路の無接点開閉器に1~3V程度の電圧降下が生ずることは避けられず、これによる発熱量は300~900W/相となり、電力損失のみならずサイリスタ素子保護のための放熱設計上も無視できない大きさとなる。」(公報第1頁右上欄4行~11行)という記載もある。

したがって、これら記載と、明細書の他の記載、および図面の記載からみて、引用例からは、次の技術事項が把握される。

「サイリスタ素子を互いに逆並列接続した逆並列サイリスタスイッチと、この逆並列サイリスタスイッチに直列に接続された有接点スイッチ4と、上記逆並列サイリスタスイッチに並列に接続された有接点スイッチ8とを1組として1相用の開閉器とし、この開閉器を6KV以上の交流電力系統の各相に備え、通電時は上記有接点スイッチ4を投入後上記逆並列サイリスタスイッチを導通し、続いて上記有接点スイッチ8を投入し、遮断時は上記有接点スイッチ8を遮断すると共に、上記逆並列サイリスタスイッチを遮断して、電流を遮断するようにした無接点開閉器」

Ⅲ.引用例との対比、当審の判断

本願考案と引用例のものとを対比するに、引用例の「有接点スイッチ4」、「有接点スイッチ8」、「開閉器」、および「無接点開閉器」は、それぞれ本願考案の「第1の機械的遮断器」、「第2の機械的遮断器」、「遮断器」、および「サイリスタ遮断器」に相当するから、両者は、「サイリスタ素子の互いに逆並列接続した逆並列サイリスタスイッチと、この逆並列サイリスタスイッチに直列に接続された第1の機械的遮断器と、上記逆並列サイリスタスイッチに並列に接続された第2の機械的遮断器とを1組として1相用の遮断器とし、この遮断器を6KV以上の交流電力系統の各相に備え、通電時は上記第1の機械的遮断器を投入後上記逆並列サイリスタスイッチを導通し、続いて上記第2の機械的遮断器を投入し、遮断時は上記第2の機械的遮断器を遮断すると共に、上記逆並列サイリスタスイッチを遮断して、電流を遮断するようにしたサイリスタ遮断器」

の点で一致し、次の点で相違している。

1.本願考案では、サイリスタ素子の数が2個であるのに対して、引用例にはサイリスタ素子を4個用いた実施例が記載されている点

2.通電時は、本願考案が、第2の機械的遮断器を投入して 逆並列サイリスタスイッチを非導通としたのに対して、引用例のものは、有接点スイッチ8(本願考案では、第2の機械的遮断器)を投入した後も逆並列サイリスタスイッチは導通している点、

3.遮断時は、本願考案が、第2の機械的遮断器を遮断すると共に、上記逆並列サイリスタスイッチを導通して上記第2の機械的遮断器に流れていた電流を逆並列サイリスタスイッチに転流させた後に、この逆並列サイリスタを非導通とすることで電流を遮断するようにしたのに対して、引用例のものは、有接点スイッチ8(第2の機械的遮断器)を遮断したうえで逆並列サイリスタスイッチを遮断し、さらに有接点スイッチ4(第1の機械的遮断器)を遮断して電流を遮断するようにした点。

そこで、これら相違点について検討する。

相違点1について

サイリスタ素子の使用数を多くすると発熱量が増え、それによって不都合が生じるのは自明のことであるから、サイリスタ素子の使用数を少なくしようとするのは当業者がごく普通に考えることである。したがって、本願考案がサイリスタ素子を2個としたのは当業者がきわめて容易に思いつく程度のことである。

相違点2について

通電時において、引用例では、大部分の電流は有接点スイッチ8を通って流れており、逆並列サイリスタスイッチを流れる電流はごく少量である。

そして、本願考案のように、逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、あるいは、引用例のように、ごく少量の導通とするかによっても、入、出力端子間の通電に格別差異はなく、通電時に逆並列サイリスタスイッチを非導通とするか、否かは、当業者が適宜考える設計の問題である。

相違点3について

遮断時において、本願考案のように、第2の機械的遮断器を遮断すると共に、逆並列サイリスタスイッチを導通して上記第2の機械的遮断器に流れていた電流を逆並列サイリスタスイッチに転流させた後に、この逆並列サイリスタスイッチを非導通とすることで電流を遮断しようと、引用例のように、有接点スイッチ8(第2の機械的遮断器)を遮断したうえで逆並列サイリスタスイッチを遮断させようと、第2の機械的遮断器に流れていた電流を逆並列サイリスタスイッチに転流させた後に、逆並列サイリスタスイッチで電流を遮断することに相違はなく、本願考案と引用例との差異は当業者が適宜考える設計の問題である。

Ⅳ.むすび

したがつて、本願考案は、引用例から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成9年2月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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